谷津干潟から見る、日本に現存する湿地帯を知る

谷津干潟から見る、日本に現存する湿地帯を知る

こんな問題が出たことも

メディア宣伝による弊害

ラムサール条約に登録されればそれでいい、ということではなくむしろここからが保全を行っていくためのスタートとなる。重要区域に認定されれば必然と保全活動は今まで以上に行われなければならず、まだ未知数の多い生態系を知るための観測上を設けるなどして研究過程を進めるための施設を用意しなければならないなど、ある意味干潟を守るために行われていた地道な活動当初以上の利益がもたらされなければならなくなりました。もしもここで登録解除となったら、習志野市としても日本としても悪評が立ってしまうためそれだけは避けたいと誰もが考えるはず。いわば二度と開発できないようにするという意味で、登録されたのだから国や県としてもなんとしても維持していきたいと思っているのが本音なところだろう、

ですが大逆転劇としてみればこれほど清々しいエピソードも中々存在しないでしょう、それこそただの民間人で学者でもなければ活動家でもなかった森田三郎氏の活動は、メディアを通して世間の注目を集めることとなる。これらの活動を通して市議会で議員として活動するなど積極的に動いていた中で、メディアが谷津干潟の歴史を知ってもらおうとするドキュメンタリー番組を制作する事になる。それによって谷津干潟の重要性を唱えるつもりだったのですが、放送された内容を巡って関係者から酷い捏造が見られると糾弾され、呆れ果ててしまうといった反応が出てきた。

何がどうなっているのかというと、そこにあるのはメディアだからこそやってしまいがちな『内容誇張』による番組の盛り上げ方にある。

水鳥を見に行こう

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森田氏という、英雄を偶像化

ドキュメンタリードラマで放送されていた内容ではこれまでの歴史に基づいて放送されていますが、その中では森田氏を主人公と設定した内容が繰り広げられていく。確かに森田氏は谷津干潟という場所の保全に大きな役割を持っていたことは誰もが認めているところだが、テレビの中で繰り広げられている物語ではそこにあるのは『孤軍奮闘している森田氏』という映像だった。

干潟を保全していくため、森田氏も尽力した経緯は合っている。しかしドラマで語られる内容では、森田氏は団体も何もない『1人だけで干潟を再生させるまで努力を続けていた』と表現されていた。彼を助ける人間は皆無、地元住民からは変わり者と蔑まれて、国も行政も、さらには自然保護団体も助けにはいらないという見るも無残な状況下で、心折れることなく活動をしていたというのです。森田市の孤独な戦いは約10年にも及び、その中で少しずつ支援する人を獲得していき、やがて広がりは規模を増してものの見事な群集を形成するまでに至った。そして谷津干潟はヘドロに満ち満ちていたのが、水鳥達が棲息する貴重な湿地帯とまで言われるほど回復し、国際条約であるラムサール条約にも正式登録される事になったというのです。

端から見ればなんて英雄譚なのでしょう、森田氏ってこんなにすごい人なんだねと思う人もいるかも知れません。しかし蓋を開けてみればお分かりかと思いますが、森田氏『だけ』でこここまでの諸行が出来るほど体制が成り立っているわけではない。ここまでいえば分かると思いますが、所謂ヤラセ表現が当然のように使用されていた。

英雄という存在

実際は森田氏を始めとした自然保護団体による活動が実を結んできたからというのが正しい筋書きだ、重要な役割を担っていたのは間違いないが彼1人だけで回復まで善処し続けた、という事実は存在していない。メディアとしてもその点は把握していただろう、ですがそうしたありきたりな内容では視るもの聴くものを感心させられないとしてフィーチャーしたのが、何の事はない1人の人間が孤立しながらも戦い続ける漫画的ヒーロー展開だ。

このような内容であれば、どんなに1人で辛い状況でも諦めなければなんとかなるとした放送内容の方にすれば面白い、そう判断したといえるだろう。関係者にすればここまで事実を事実として歪曲したものかと呆れていたのは言うまでもなく、滑稽なドラマとして蔑んでいるなどテレビのあり方に疑問を呈する人も出てきた。

潮干狩りしよう

ステッカー はがし方を知っておくことも大事です。 弊社が作成したステッカーはもちろん、一度貼られたシートは硬化して剥がれにくくなっていますので、剥がされる際にはその点にもご注意下さい。

何はともあれ

このドキュメンタリードラマは関係者にすれば見てほしくないものとして認定されているはず、そのせいもあってかネット上でもこちらに関する内容紹介といった動画をネット上で見かけないことから、相当な苦情をテレビ局へと行ったと見れる。ただじっくり考えれば分かると思うが、たった1人で途方も無いゴミの山を掃除して、さらに周辺住民を敵に回されながらも懸命に清掃活動を維持できるほどの精神力を人間が持っているかと聞かれた時点で怪しい限りだ。そんな状況になれば居づらくもなるし、変人扱いもされて掃除するなと言われるような状況、どこぞの世紀末かと突っ込みたくなる。

偶像めいた内容に仕立てたかったのかもしれないが、さすがにやり過ぎた感は否めない。こんな内容を放送されては、習志野市に昔から在住していた人たちも言われのない誹謗中傷を受けかねない。いくらフィクションと言っても、実話をドラマにするとなったら準拠して記さなければならない。これはそんな悪例の1つだ。